2023.08.03

ありがとうございました。

ありがとうございます。

先日、私ごとながら40歳になりました。
沢山の出会いと支えがありながら今銀座で店舗運営できていることに感謝の気持ちでいっぱいです。

感謝の出会いと思いを綴る機会となればと綴らせていただきます。

22歳の11月に夜行バスで東京にでてきてはや18年が経ちました。その時に見送りで一緒に東京に来てくれた友だちに感謝です。怖さ不安よりこれから始まるワクワク感に変えてくれていたのだと思います。

東京のカフェで見た雑誌の記事の中で靴学校の存在を知り、東京でしかできない学びを始めようと靴作りを始めました。中学・高校、東京に来るまで社会人バスケットに熱中しバッシュ(靴)が唯一の個性やこだわりを出せる武器であり特別なアイテムだと思っていたのがキッカケだったのでは考えています。

靴の学校に入るためには上京したてで貯金がなく、学費のローンを組むためには仕事をしていなければならずアートイベントの営業に入りました。そこでの身につけた技術が、その後独立し現在の靴事業ともう一つの事業の柱であるアートイベント業のきっかけとなりました。

仕事をしながら週末に靴を学ぶも高額な授業料で半年ほどで靴の学校のローンが今後払えなくなると思い退学。辞める直前に、非常勤の靴講師に相談し、技術が高く仕事をしながら靴を学べる場所として石原手製靴の工房を紹介してもらう。

あの時の講師からの紹介がなければ靴を続けられる環境が途切れてしまいました。

石原手製履工房では仕事をしながら10年近くお世話になりました。ハンドソーンウェルテッド製法というイギリスの伝統技法を中心に手仕事で丁寧に靴と向き合う姿、職人の心得や、若く周りが見えていない若者であった自分を大人の人間として成長できるように指導と見守ってくれた場所でした。

2011年3月11日の震災を通じて自分の人生を見直し自分自身の人生を一人で歩むことを決め7月に独立。

個人事業主として中野の自宅でクリエイトアイエムエスを設立

独立してはじめての仕事はアートイベント営業。震災復興のイベントを銀座で開催しました。

石川から東京に上京して5年。同時期に上京した地元の友人とは事あるごとに飲み騒ぎ、夢や野心を語っていました。独立する前も相談に乗ってもらい実績のあるアートイベントと靴での独立を悩んでいた時に、アートイベントを勧めてくれ「アートイベントで独立するなら俺もアパレル仕事辞めて一緒にやるよ。それから靴の方が間違いない」と背中を押されました。

その言葉に背中を押されるなか一人で自宅のアパートを事務所に独立していましたが、本当に半年後に仕事を辞めてきた友人が合流してくれました。

そこから気合と勢いが増し

お金もない中、先行投資と意気込んで二人でニューヨークのアートフェアのブースを間借りして、ハンドキャリーで展示会に参加したのが初海外展示でした。

その友人はその後、株式会社を設立し専務として10年間一緒に苦楽をともにさせていただき、友人が移住し沖縄での独立開業まで一緒に走ってきました。

2012年12月に近所に事務所移転に伴いクリエイト・アイエムエス株式会社として活動を開始。

事業拡大に伴い、共通の友人を誘ったり、はじめてのハローワークや求人広告で人を募集しました。

人を育てる難しさを痛感し、何人もの出会いと別れを経験しました。

数名のスタッフが育ち出し5年間で海外イベントを何回か成功させていく中で、新しいチャレンジをスタートさせる。

2015年の後半から専務に美術事業の大枠を頼み、靴事業の立ち上げの準備を始める。

立ち上げにともない、お世話になってきた石原手製靴工房からの支援や新たな製造ラインの構築などを探し16デザインのサンプルを準備した。

2016年3月 渋谷で開催されたアパレル専門の「繊研新聞」主催の展示会PLUG IN(プラグイン)で立ち上げのお披露目をする。

同時期に中野で店舗兼ショールームを始める。
これがリンゴセイカの産声をあげた瞬間です。

まだまだ書き綴る感謝は尽きませんが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

リンゴセイカ店主 安広洋司