2025.05.31

林和生医師の講演を聴いて:オーダー靴屋として見えた「医療と靴」の接点


私は普段、オーダー靴屋のリンゴセイカを運営しており、お客様の足に本当に合う一足を提供することを使命としています。そんな中で出会った、整形外科医・林和生先生の講演は、まさに「医療と靴の関係性」を再確認させられる貴重な学びの時間でした。

講演の中で最も印象に残ったのは、「骨盤や股関節の痛みの原因は、必ずしも軟骨の消失ではない」という点です。従来、痛みがあればすぐに手術という選択がなされがちでしたが、林先生は歩行の観察や靴の見直しで、多くの症状が改善するという臨床データをもとに、それに一石を投じておられました。

特に共感したのは「安定靴の重要性」についてのお話です。踵が硬く、しっかりと足を支える靴を選ぶことで、歩行時のふらつきや痛みが驚くほど軽減される。これは、私たちオーダー靴職人が日々体感している現場の実感と完全に一致します。

最近は「ワイズの広い靴=楽な靴」と誤解され、幅広の既製靴を選ぶ方が増えていますが、実際には踵がガバガバになり不安定な歩行を招くことが多いのです。林先生の指摘にもあったように、土踏まずが落ちると前足部が広がり、ますますフィットしない靴を選んでしまう悪循環に陥ります。

オーダー靴においては、お客様一人ひとりの足型を正確に計測し、前足部と後足部のバランスを考慮した設計を行います。恩師のてつじ屋のてつじさんの「前足部0.6の日本人が多く、既製靴では合わない」というデータは、改めてオーダー靴の意義と役割を再確認する機会となりました

さらに「靴ひもをきちんと結ぶだけでもフィッティングが向上し、痛みの改善が見込める」というお話も印象的でした。これはすぐにできる改善策であり、もっと多くの方に知っていただきたい情報です。

今回の講演を通して強く感じたのは、「医療と靴作りは、足元から人を助けるという意味では決して別の分野ではない」ということです。身体全体のバランス、歩行、筋肉の使い方——そのすべてが足元から始まっています。そして、靴はその“土台”を支える最前線にある存在です。

私たち靴屋にできることはまだまだある。そう強く思わされた講演でした。
そして、患者さん・お客様の「歩く力」を取り戻すために、医療と靴の専門家が手を取り合っていく未来を、私自身の仕事を通じて実現していきたいと心から思いました。

リンゴセイカ店主 安広洋司

1. 従来の医療の課題

  • 骨盤の痛みは、これまで「軟骨のすり減り」が原因とされ、手術が第一選択とされていた。

  • 整形外科では、レントゲン画像のみで判断し、患者の歩行や身体の使い方を観察していなかった

2. 林医師の治療方針の転換

  • 2007年より手術を避け、骨盤再調整による保存的治療へと転換。

  • 2018年以降は「安定靴」を治療に導入。

    • フィッティングの良い、踵が硬い靴により歩行が安定。

    • 実際に歩行速度の改善(例:10mの歩行で2秒短縮)が確認された。

3. 骨盤痛の原因と新たな理解

  • 骨盤周辺の痛みの多くは、筋肉痛によるものであり、軟骨の損傷とは関係がない場合が多い。

  • 林医師が行う「PSTP-Rセラピー」の臨床結果では、軟骨が消失していても1時間以上歩行可能という実績がある。

  • 軟骨と痛みの因果関係を示す医学的エビデンスは存在しない

4. 痛みの診断と治療選択の重要性

  • 起立時痛」に日によって差がある患者は、回復の見込みが高い

  • 人工関節はバランスを補うための手段であり、関節外の問題には手術は不要

  • 関節内の問題や著しいバランス不良がある場合のみ、手術を検討する。

5. 靴と足の構造の関係

  • 林医師はアメリカで足病医の知見を学び、足と靴の関係が全身のバランスや痛みに影響することを重視。

  • 土踏まずの消失が前足部の横広がりを引き起こし、結果として幅広の靴(ワイズの大きい靴)を選びがち

  • しかし、そのような靴は**踵が不安定(ガバガバ)**になり、歩行時のふらつきにつながる。

  • 選ぶべきは「踵が硬くフィットする靴」であり、靴ひもを結ぶだけでも改善が見込まれる

6. 足の構造と既製靴の問題

  • 足の理想的バランスは「後足部:前足部 = 1:0.4」。

    • 日本人の多くは「0.6」の前足部が長い足型で、既製靴が合わないことが多い

  • このような背景から、足に合う靴を提供する靴屋の重要性が再認識された。


講演を通しての学び・所感

林医師の講演では、手術に頼らない保存療法の可能性や、足元から痛みを見直す視点の重要性が強調された。特に、歩行観察の欠如や靴の選び方が、これまで見落とされてきた点であり、患者のQOL向上のために非常に有益な内容であった。

今後は、医療現場と靴専門職(シューフィッター等)が連携し、患者にとって最適な足元環境を整える必要性を強く感じた。


今後の活用・提言

  • 手術を選択する前に、痛みの本質的原因の分析を徹底する。

  • 医療従事者は、患者の歩行や靴の状態を観察・評価する習慣を持つべき。

  • 靴の専門家との連携を強化し、オーダーメイド靴や靴の調整による治療的介入を検討すべき。

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